そうじ資本主義
1、要旨
掃除が経営と大いに関係しているだろうことは薄々気付いていた。私が会社員だった時、毎朝職場周辺を13年間掃除してきた。その結果、危険作業が多い職場だったがケガする人もいなく、また明るい職場を維持でき、無事に職責を果たすことができた。そんな経験から掃除をすることのメリットを学んだ。
掃除と経営について書かれた大森信著「そうじ資本主義」を以下に抜粋し、纏めてみた。
2、宗教と資本主義
マックス・ウェーバーは「他人が監視していないと働かない。そのような人々が多い中では沢山の監視員を配置しなければならず、コスト高になってしまい資本主義が成り立たない。監視しなくても、人々が自ら自立的にきちんと仕事をすることがないと資本主義はなりたたない。そのような人を供給しているのがキリスト教会のプロテスタンティズムだ」
マックス・ウェーバーは著書「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」の中で、キリスト教の中でもプロテスタント、特にカルウィニズムという教理から生まれたピューリタンなどの宗派の信徒が多く住んでいる地域(16世紀のイギリスやオランダ)から近代資本主義が始まったことを発見した。
カトリックの信徒は事あるごとに教会へ行きます。教会に行き儀式に参加すれば、神に救済されることになります。だから労働はのんびりしていて、お金を貯め込むよりも生活を楽しむことを重視しています。
しかし本来のキリスト教とは、教会に参拝することを求めた宗教ではありません。神を信じるという信仰を求めた宗教です。そこで原点回帰を目指したのがプロテスタントです。そして心底から神を信じることと、その延長線上で説かれているのが「救済予定説」です。
しかし自分が救済される予定者なのか分らない。なので「自分は選ばれし者である」ことを信じて、神の教えの通りに努めることでした。そこで神様から与えられた使命である「天職」を懸命に全うするしかないという心境になります。つまり、禁欲的で勤勉な生活をするということが「プロテスタンティズムの倫理」として定着した。その結果、プロテスタントの人々は豊かになった。
3、二つの資本主義
今日までの資本主義には、前近代的な資本主義と近代的な資本主義の2種類がある。
金儲けを基盤にしている社会が資本主義です。しかし単なる商売熱心、金儲け第一主義ということであるならば、それは前近代的な資本主義です。それは商業を中心とする資本主義で、商人が金儲けの中核になっている社会です。
近代資本主義とは、不特定多数の人々が集い結びつき合って計画的で組織的な大企業が成立できるようになった産業資本主義社会です。企業が中心的な存在となっている社会です。
4、日本における科学的管理法
1920年代の日本企業で働く人々は勤勉とは言えず、規律が欠如していた。
そんな状態の会社に科学的管理法を取り入れるために、掃除や整理整頓が導入されていった。米国のように掃除を分業にして専門の係りに任せたり、外注したりするのではなく、自らの手でやる日本式が主流になっていく。もちろんすべての日本企業が油だらけ・泥だらけであったわけではない。「ヤマサ工場の概観」と題して、1925年当時のヤマサ工場では掃除や整理整頓が行き届いていたことが報告されている。
(1)無駄なし週間
1929年から全国各地で始まった。特に清潔デーと整頓デーを加え、掃除や整理整頓に取り組む時代になった。
(2)安全の母
USスチールで展開されていた「安全第一」に感銘を受けた日本人が1919年に安全第一協会を設立し、全国規模で安全週間が実施される。
(3)「3S」「5S」
日本企業は掃除や整理整頓によって、製品の品質を向上させ、生産性を向上させ、無駄を減らし、安全性を向上させてきた。これがしだいに「3S」[5S]などの呼び名で総称されるようになり、製造業を中心とする作業現場には欠かせない活動として広がっていきました。
5、5Sの進化
(1)ホンダ
本田宗一郎は1957年に工場が綺麗な会社ほど生産性が高く、受注量も多いと指摘しています。それに基づき「整理整頓委員会」が社内に設置され、整理整頓を全社的な活動としていきます。1960年には「3S」という言葉が登場する。
1984年に「5S」という言葉が登場します。5Sの徹底で職場の作業環境の改善が進み、第35回全国労働衛生週間期間に「労働衛生優良賞」を受賞した。
(2)米国式PMから日本式TPMへ
1977年からキリン・富士フィルム・神戸製鋼所・大日本印刷・自動車大手でTPM活動が始まった。
米国ではPMと呼ばれる予防保全活動がありました。設備管理の専門部署が設備を日々点検することで、故障を未然に防ぐことを目的にした活動です。
それに対してTPMというのは、米国のPMの改良版として日本プラントエンジニア協会の中嶋清一氏によって1971年に提唱された。専門の部署に頼るのではなく、全員参加で実施する。さらに予防保全だけでなく、生産性の向上も目指す。
(3)掃除の効用
掃除がもたらす直接的な効用は、効率UP・不良品低減・コスト削減・お客様信用向上です。間接的効用としては、掃除そのものではなく掃除をする人間によってもたらされる効用で、「従業員モチベーションやモラル向上」「チームワークや連帯感の向上」「機械や備品の耐久年数の向上」です。
(4)目的志向と手段志向
今日の支配的な経営観は「目的志向」経営です。目的志向的な経営観の代表としてドラッガーを挙げることができる。ドラッガー理論の根幹には、まず目的を明確に定めることなしには始まらないという目的志向がある。
一方、日本企業が大切にしてきた掃除や5Sは「手段志向」で、まず手段があり
状況や時代の変化によって生じた新たな問題をその手段によって解決しようとしたり、その手段を活用できる新たな目的を見出していくというパラダイムです。手段重視を通じて新たな目的を見出していく手段志向です。日本企業にはこの手段志向の経営観が染み渡っています。手段志向の経営は、経営者や管理者がそれぞれに実践をし、自らその意味を深く考えたり目的を新たに提示したりしていく必要がある。悪戦苦闘しながら独自に獲得したものだから、従業員の心をとらえることができる。
目的志向の会社は「思想」を共有することで組織の連帯(思想連帯)が維持される。思想連帯はカリスマ的な経営者が率いて大きなイノベーションを起こした企業や急成長した企業に共通する特徴。
手段志向の会社は「活動」を通じて連帯感が形成(活動連帯)される傾向にある。多くの日本企業は活動連帯的です。互いに同じ活動をすることで連帯している。「みんなで同じことをする」というつながりです。いっしょにトイレ掃除をしたり、朝礼で起立整列したりするのはその典型です。
6、掃除と企業経営
自社製品をブランド化(1円も値引きしないで売れる商品)できれば、経営は安定する。ブランド化されるためには、企業イメージを上げないとダメ。社員一人一人の行動から、中でも掃除は非常に大きなウエートを占める。汚ければ絶対にブランド化されない。
掃除はスポーツで言えば基礎練習に相当する。基礎練習を怠って一流になった選手はいない。一流選手は人のみていないところでも繰り返し、徹底的に基本練習を行う。ジーコが鹿島アントラーズに来て、選手に毎日毎日中学生がやるような基本練習を繰り返しさせた。選手がジーコに「もうそろそろテクニックを教えてほしい」といったら、ジーコは「君達は基礎練習もできていないのに、テクニックなど身に付けては絶対にダメだ。テクニックは基本練習ができていれば自然に身についてくるものだ」と。
現在はトイレ掃除が軽視されてきている傾向にある。理由は自分達で掃除をするよりも、しない理由を列挙するほうが容易だからです。「掃除をする時間を本来の仕事に充てたほうが有効である」「専門の業者に任せた方が綺麗になる」「掃除をすると手や服装が汚れて衛生的でない」「掃除を仕事にしている人々の仕事を奪ってしまう」などの理屈を言う人までいる。しかし名経営者が率いて急成長をとげた会社には、まず行動することの大切さを説く言葉がある。サントリーの創業者である鳥井信治郎の「やってみなはれ、やらなわからしまへんで」。サントリーではいずれの工場においても掃除にたいへん注力している。
また本田宗一郎の「やってみもせんで何がわかる」も有名な言葉です。
(1)松下幸之助がトイレ掃除をした理由
松下幸之助が年末の大掃除の後を見て回った時、トイレだけが掃除されていなかった。誰もやろうとしないので、自らバケツに水を汲みトイレ掃除を始めた。それを多くの工員が見ているだけである。これではいけないと思い、従業員に人間としてのあり方や礼儀作法を教えようと決意した。
松下幸之助の右腕といわれた高橋荒太郎は、商談で訪れた会社で必ずトイレを見たそうです。そしてトイレが汚かったり、スリッパが揃ってない会社からはものを買わなかったそうです。
(2)永守重信(日本電産)
便器に付いた汚れを素手で洗い落とし、ピカピカに磨き上げる作業を1年間続けるとトイレを汚す者がいなくなります。これが身につくと、放っておいても工場や事務所の整理整頓が行き届くようになってきます。これが「品質管理の基本」であり、徐々に見えるところだけでなく、見えないところにも心配りができるようになれば本物です。
(3)鍵山秀三郎(イエローハット創業者)
鍵山秀三郎は掃除活動を50年間実施してきた。その経験から、自分よりもはるかに商売上手な人達が、生き残っていないのは、単に売上や利益の追求だけでは企業に限界があるということを知った。
仕事には、私の仕事でもない、あなたの仕事でもない、誰の仕事でもない仕事がある。この誰の仕事でもない仕事をどう扱うかによって、その組織はよくもなり悪くもなる。
7、従業員たちに宿る心
トイレ掃除を実践することによって、従業員たちには一体どのような心が宿るのでしょうか。
入社して間もない従業員の中には「掃除が楽しい」という人が多い。会社が求めるような掃除を実践してみて、掃除という行為そのものの新鮮さ、そして綺麗になったという達成感に楽しさを感じている。「自力の精神」
入社3年ほど経った社員たちは、決して楽しくはないものの、会社の求める掃除に熱心に取り組んでいる人が多い。「他人のための掃除をしている」という。
「より隅々まで掃除するようになった」他人はどこを見るか分らないから。経験を重ねた従業員の中に宿っていくのが「自他の精神」です。つまり「他の人のため」に掃除をするようになる。
25年以上の社員は「毎朝の歯磨きに近い状態」「無のような状態」になっている。会社のために掃除をやらねばという意識などなく、損得も関係なく、「自然体の状態」です。「他力の精神」で一種の悟りの境地です。
8、トイレ掃除活動
(1)トイレ掃除は誰でも簡単にできる活動です。最低限の道具さえあれば、あとは懸命に磨けば磨くほど綺麗になっていきます。
(2)トイレ掃除は自ら手を使い、身体を動かすことなしに実行することができません。
(3)トイレ掃除は命令で継続させることが容易でない場所の掃除です。次第に形骸化してしまう可能性が高い活動です。
(4)トイレ掃除は誰かがやらなければいけないことを誰でも知っているけれど、誰も「やりたくない」と思ってしまう活動です。
(5)トイレ掃除は毎日皆が使用する共有スペースです。掃除しなければ確実に汚れていく場所です。トイレの状態を見れば、掃除担当者の本気度が伝わってきます。
(6)トイレ掃除はさまざまな感情を引き起こす活動です。
(7)トイレ掃除は「自力」「利他」「他力」の心を育てます。
9、トイレ掃除の精神
(1)自発
お客様がちょっとした汚れに気がつくことを知って、自分の会社を隅々まで綺麗に掃除を始めた。すると社員の立ち居振る舞いが良くなっていった。
トイレ掃除を継続して根付かせようとしたら、経営者や幹部の率先垂範が必要です。こうした過程で組織や仕事に対する皆のコミットメントが少しずつ高まっていくとともに、根付いた結果として意図しなかった効用がもたらされていく。
(2)継続
経営者が替わるとトイレ掃除を重要視しない場合があります。それでもトイレ掃除を継続するには、中心メンバーの危機感が根底にあります。そして継続することが会社を変革するエンジンになると信じています。
トイレ掃除を根付かせようとしたら、組織全体が右往左往して、経営者の資質まで問われるでしょう。会社並びに経営者・上司・部下・同僚の良い部分だけでなく、悪い部分も露となります。そして露となった課題を克服していく過程で、当初意図していなかった間接的効用を得ることがあります。トイレ掃除という日本的な実践をきわめていく過程で、皆がさまざまな経験をして鍛えられ、そこで創造された物語が会社の拠り所となっていく。社内で掃除を始めると、自然とゴミに目がつくようになります。ゴミや汚れはもちろん机のゆがみ、書類の不揃いなどを気にするようになります。皆がそうしたことを大切にするようになると、思いもよらない結果をもたらすことが少なくありません。
(3)改善
まず手順の改善です。限られた時間内で、徹底したトイレ掃除を完了させるためには手順に無駄があってはいけません。効率化を目指した改善です。
さらに道具の改善があります。より綺麗にしていくための改善であり、有効性を目指した改善です。
(4)徹底
トイレ掃除は凡事徹底の象徴です。それを徹底することで、究める精神が養われていく。凡事徹底の3条件。一つ目は「すべてにわたって行き届いていること」、2つ目は「言っていることと、やっていることが一致していること」、3つ目が「すべてのものを生かし尽くしていくこと」です。
(5)感謝
トイレ掃除を通じて、若い従業員に少なからず沸き起こる感情が「感謝」です。トイレ掃除をしてみると、家庭や公共のトイレが綺麗である理由を理解します。母親や見知らぬ人がトイレを当たり前のように掃除してくれていたことに感謝し始めます。感謝の念が湧き起こるとともに、トイレを含めて身の回りのものを汚さないように使用したり、丁寧に取り扱ったりするようになります。
トイレ掃除を通じて感謝の気持ちを強く抱く経営者も少なくありません。従業員たちが、自分の会社を綺麗にしてくれているのです。本来の仕事でないことにまで力を貸してくれる姿を見て、感謝の念が湧き起こらないはずがありません。
10、何か大事な事
掃除の実践を積み重ねて、利他の精神にまで至った実践者は利益よりも大きな目的を見出している。そして利益第一主義の呪縛から解放されて、揺ぎ無い大きな心、平穏な心を抱いているのです。
私達は何かを始める時、目的の達成に役立ちそうなことを学び実行します。できるだけ効率よく成果を上げられるように合理的な選択をします。ビジネスの世界では「儲けること」を最優先し、それに直接役立つとは思えないことを無視しがちです。しかし、結果的にビジネスで大きく成功する人たちは、「儲けること」とは別の何か大事なことを守っているのではないでしょうか。
事後的に合理的と判明することが、初めから合理的なことに見えるとは限りません。また、一見すると非合理的なものが歴史的に重要な合理性の成立を下支えしていることがあるのです。ウェーバーの「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」も、日本企業のトイレ掃除も、私達にそういうことを教えてくれます。
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